Member社員紹介

池上 容子

writer / editor

 

この先の人生をもっと面白くするために。仕事も私生活も欲張りたい

 

プロフィール

1978年生まれ。 大学卒業後、JAL HOTELSに入社し、大阪市内のホテルに勤務。
2009年に第2子を出産したことをきっかけに、株式会社マザープラスに携わる。
2012年同社取締役に就任。営業、企画、広告制作、クライアント対応など業務一般を担当、自立を目指して働くママをバックアップ。
その後、当時まだ働くママが少なかった同社の「働くママのロールモデルに」というコンセプトに惹かれ、大阪市内の広告デザイン会社に転職。
今までの経験を活かし、制作物のディレクションから社内外の業務サポートなど、多種多様な職務に携わりながら、
専門性を高めるため、不動産分野の広告やSEOライティングを学ぶ。
そして2021年9月、NORMへ。


 

 

 

子育てと仕事と自己実現と。女性の生き方の多様さを実感した20代

大学卒業後、新卒で入社した企業に勤め6年、仕事のおもしろさも分かるようになり、やりがいも増え、「社会人としての自分」に余裕が持てるようになった20代後半に、結婚、そして妊娠・出産を経験。出産にあたって1年間の産休をいただいたのですが、子どもと2人のゆったりとした生活になかなかなじめない自分がいました。もちろん、我が子はとてもかわいくて、毎日の成長もたのしみだったんですが、一方で社会との繋がりをなくしたような、社会から取り残されたような焦りにもにた気分を味わっていたため、復帰できた時実はすごく嬉しかったですね。
復帰後も、子どもが原因で周囲に迷惑をかけたくないという気負いから、早朝出勤や残業などもできるだけ積極的に。でも気がつくと、子どもと接する時間が少なくなって。なんとなく、子どもに対する後ろめたさを抱えて仕事をしていました。このままではあまりよくないな、と退職を考え始めた矢先、2人目を妊娠。ずっと働き続けたいという気持ちは強くもっていたため、より自分らしく働ける場所へと職場を変える決意をしました。ライフイベントによって様々な選択や決断を迫られる20代後半。「何を得て、何を諦めるのか」母親であり、妻であり、そして社会人であり、という女性の生き方の多様性を痛感しました。

 

「母になった女性」のために奮闘する女性起業家と出会った30代

子育ても仕事も、なんだか中途半端になってしまい、「母親であること」は、社会人としてキャリアを積んでいくことの「マイナス」になる。そんなふうに考えていた私が出会ったのが、母親であることをもっとプラスにしたい、というコンセプトで、母親となった女性の社会参加の機会を創出するために「マザープラス」という会社を立ち上げた女性起業家でした。「子どもと接する時間は絶対に少ないけど、働くことが好きで、前向きな気持ちでいたら子どもに伝わるものは全然違う」という言葉にすごく感動し、共感し、ちょうど事業拡大のために株式会社化するタイミングだった同社に転職。第2子出産後、2ヶ月で赤ちゃんを抱っこしながら営業やイベントに向かう日々。怒涛のような毎日でしたが、不思議と以前感じていたような「子どもに対する後ろめたさ」のようなものはありませんでした。改めて振り返ると、マザープラスでたくさんの「お母さん」たちと出会い、その声を事業化して企業に届けてきた経験が「想いを人に伝えること」という広告やデザイン、そしてコピーライティングへと興味を深めるきっかけにつながっていったんだなと感じます。

 

人生折り返し地点。これから何を軸にして行きてゆくか、を考え始めた40代

30代は、次々と目の前に迫ってくる課題や問題、日々のルーティンをクリアすることで精一杯。でも、30代も終盤に差し掛かった頃、ふと「自分のために使える時間」が増えてきたことに気付きました。永遠に続くかに思えた「子ども中心」の生活が一段落したんだなと実感した瞬間でした。
仕事のこと、思春期の子どもたちのこと、介護、そして自分自身の体調のこと。私にとっての40代は、これからの人生について「本当は、私はどうしたいのか」と真剣に向き合う時期だと思います。
とても嬉しいけど、一方で少し寂しくもある子どもの成長。思春期真っ只中の子どもたちは、そんなに遠くない未来、自立をしていきます。その時、私は何を「軸」にして生きていくのか。もちろんその答えは自分の中にしかありません。40代の今「残りの人生、自分の時間をどのように過ごすか」という新しい課題に、実は直面していたりするのです。

 

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